おかみブログ

酒屋のおかみの独り言

遠方より連絡来る

2011-03-24
妹同然の従姉妹から連絡が来た。
毎日毎日連絡を取っていたけど、ライフラインが断たれていて連絡が一切取れなかった為で、従姉妹からの電話は、叔母も元気との事でとても嬉しかった。
大学時代の友達からも「元気かー!!」と。いっぱい電話をもらった。
従姉妹が言っていた「生き残れ!!て貰った命だから頑張る。」て。
おかみさん、ビールの入りも悪ければ、水も不足で、飲食店の人達もダウン気味。
だからこそ、今、ここで生き残れれば大丈夫かな?なんて思い始めて、みんなの声で頑張れると思った。
だんなさんは弱気で、「俺、やっていけるだけの元気あっかな?」なんて言ってるけど、女は強し、母は強し。です。

親戚の安否

2011-03-24
伝える術が無い。
連絡の取りたい相手は、停電で携帯の充電も、電話もできなければ、パソコンも見られない。
断水と停電。今まで余りにも恵まれた生活から慣れるまでに時間がかかる。
今日3月23日に気仙沼の叔母から「やっと電気が通ったよ!!」と連絡が来た。食料も底をつきかけているだろうなーと、思っていた矢先だったので嬉しかった。
「元気だからねー」と。
「店は大変だったけど、一からやり直す覚悟で頑張るわ!!」って。
本心はヘロヘロになっていたけど、みんなの声が聞けて、応援されて、頑張れる気がしてきた。

ふらつく身体

2011-03-20
おかみさん調子が悪い。
椅子に腰掛けても、ソファーに腰掛けても、とにかく座るとグラグラゆれる。
”ついに来たか!!‘と思ったのは、お風呂に入って、まず身体を温め様と湯船に浸かった途端、湯船がグラグラ揺れた。
そうとう疲れが溜まっているんだなーと思いながら、お風呂から出て、「今度の日曜日は寝て曜日にするわ!!」と言ったら、末娘「それがいいわ!!。ゆっくり休みな!!」「でもね、さっきの揺れは地震だからね。」
「震度3じゃ何とも思わなくなったね!!」って。
ほんとに、少しの揺れでは騒がなくなった。
それでも、おかみさんの身体は、今でも船に乗っている時みたいにフラフラ、ユラユラしている。
被害にあったら、と思うと、避難所暮らしをしている人たちは、想像以上に大変なんだと思う。

働くお兄ちゃん達

2011-03-20
物凄い地震の後片付けに、末娘の友達と長男のお嫁さん(久美ちゃん)と、長女のだんなさん(敏君)が、みんなで来て手伝ってくれた。
地震当日の夜遅くと、次の土曜日の日で、八割方元通りに片付いた。
壊れた物は仕方が無くとも、整理が大変で・・・・・・・。
倉庫やお店の瓶物、自宅のリビングの食器グラス類。
足の踏み場も無いほどで、パートのおばさん「食器の破片でふりかけができる程よ!!」
確かにキラキラしていて凄いわ!!
配達のお兄ちゃん達も、自宅が心配で一度戻ったけど、そこからの行動が早い。
だんなさん(社長)はじめ、方向別にお客様の様子を見に、夜遅くまで一軒ずつ歩いて回り、次の日には、ビン類の回収と、倉庫の掃除と、良く働いてくれました。感謝!感謝!です。

物凄い地震

2011-03-20
おかみさん生まれて始めて物凄い地震にあった。
立っていられないからしゃがみ込んだ。みんなで外に(駐車場)出たけど、後で分かった。
建物の中に居た方がいいらしい。
駐車場のアスファルトにヒビが入った。
パートのおばさんが、ヒビが入ったってびっくりしてたけど、もっとびっくりは、お店の四段の棚の三段以上の瓶物がほぼ全部落ちて壊れた。
お店の中アルコールの臭いがプンプンして、床が川の様にアルコールで溢れ出していた。
倉庫の中も、棚の高価なウイスキーやワインがほぼ壊滅状態。
倉庫はいろんな臭い(香り)で、お酒の飲めないおかみさん顔がまっかっかになりながら、酔っ払った状態で、本当に恐ろしいと思いながら、後片付けが大変だった。
家族にも、配達のおにいちゃんたちにも、怪我が無かったことが一番でした。

有限会社岩上商店
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